根来寺は新義真言宗総本山、大治元年に建立される。室町時代になると、院98、僧坊2700、寺領70万石、僧兵数万となり、紀伊・和泉・河内に一大勢力を誇った。
種子島から鉄砲生産の技術を得て、新兵器鉄砲をいち早く取り入れ強大な武装勢力であった。
天正13年、豊臣秀吉は根来寺焼き討ちを行い、多宝塔(国宝)など一部の建物を残して壊滅してしまった。
戦国時代の根来寺は、「戦闘」が本業となった僧兵を持ち、寺自体も一大城郭であった。 根来寺に訪れると、周囲を山に囲まれ、この地が容易に城郭化出来る地形であることが良くわかる。
しかし、今の根来寺は、春には桜の名所として関西地方では有名なお寺である。 |
|